2010.08.23

セカンドハーベスト・ジャパンへようこそ!

2009年は、皆さまの温かいご支援により、セカンドハーベスト・ジャパンは様々な施設や団体、支援を必要とする人たちに約560トンの食品を届けることができました。しかし、日本ではまだ多くの人が支援を必要としており、同時にまだ充分食べられるにも関わらず様々な理由で廃棄されてしまう食品も数多くあります。少しでも多くの食品を必要とする方たちに届けてあげたい。この思いを実現させるために、皆さまの温かい応援をよろしくお願いいたします。

 


特に夏は、学校が休みに入っているため、給食がなく子どもたちの食事を心配する母子家庭などからの声も聞かれます。あなたの寄付がこうした家庭に「もったいない食品」を届ける力になります。あなたの応援をよろしくお願いします。

 


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セカンドハーベストジャパン理事の阿蘇敏文先生がご逝去されました

セカンドハーベストジャパン理事の阿蘇敏文先生が2010年7月31日にご逝去されました。

こちらに、理事長チャールズ・マクジルトンのメッセージを掲載します。

私たちは、誰かが言ったことをはっきり覚えていなくても、その人が残してくれた雰囲気は忘れません。

私が阿蘇先生に初めて会ったのは2000年に、娘と一緒に田舎で田植えをしたときでした。その日の参加者の幅広さが、阿蘇先生の持つ人の輪の広さをよく語っていました。そこには、高校を中退した子や、様々な外国人(特に多くのフィリピン女性など)、「普通の日本人」などがいました。そして、そこにいた全員が冗談を言って笑顔を交わし合う阿蘇先生の友達でした。

2001年に私が阿蘇先生にセカンドハーベスト・ジャパンの理事になって欲しいとお願いすると、すぐに快諾してくれました。快諾するだけでなく、阿蘇先生は、自分が運営を手伝っていた団体にある事務所スペースを見つけてくれました。さらに、日本におけるフィリピン人移住者を支援する複数の団体を紹介してくれ、それらの団体は今でもセカンドハーベスト・ジャパンが支援しています。

阿蘇先生が私に言ってくれた言葉の一言ひとことを覚えているわけではないですが、阿蘇先生からはいつも応援してもらい、私たちの活動に対する感謝の念を頂いていました。阿蘇先生は、私たちの活動の真価を理解し、参加してくれました。先生の温かい笑顔、優しい声、励ましの言葉はいつも深く私の心に触れました。私は彼の前では、自分が外国人と感じたことは一度もなく、まるで彼の弟のように感じていました。

先生は、セカンドハーベスト・ジャパンの創立総会で議長を務めて下さり、開会にあたってお祈りをしてくれました。私たちが支援を必要とする人たちへの活動を始めるに当たって、良い方向に導かれるようにと祈ってくれました。私はそうした導きと阿蘇先生が私たちのために費やしてくれた時間に感謝しています。全てを語ることは到底できませんが、先生の遺してくれたものは、先生が触れた人たちの中に生きています。私は先生が私の人生に触れてくれた様を思い出し、彼に会えたことに感謝するのです。

セカンドハーベスト・ジャパン理事長
チャールズ・マクジルトン

セカンドハーベスト・ジャパン スタッフ一同、阿蘇先生に心より感謝するとともに先生のご冥福をお祈りします。


阿蘇先生のブログのリンクをこちらにてご紹介します。
V. O. A (日本語)
Reverend Toshifumi Aso (英語)

 


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ボランティア・インタビューその3  上垣夏乃子さん

アメリカフードバンク事情 第二回:全米一斉フードドライブ - スタンプ・アウト・ハンガー 郵便配達員によるフードドライブ

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2010.07.01

メディア掲載情報

5月30日 - Eat 1 - an American food fan site に2HJの情報が掲載されています
セカンドハーベスト・ジャパンの日本での活動10周年にちなんだ報告を掲載していただいています。


5月29日 - 中央FM 「My Eyes Tokyo」に、理事長チャールズ・マクジルトンが出演
2010年5月29日に、ラジオ番組「My Eyes Tokyo」に、理事長チャールズ・マクジルトンが出演しました。第二回は、6月5日(土)午後7時から中央FMにてお聴きいただけます。


2月22日 - 日経新聞に掲載されました
日経新聞にて2010年2月22日より7回に渡り「フードバンク事情」として、2HJおよび各地のフードバンクのことが特集されました。


3月2日 - au one 10’s Styleに掲載されました
au one 10’s Style、3月2日より、セカンドハーベスト・ジャパン情報が掲載されています。
【食育・レシピ】コーナーにてご覧いただけますので、au携帯電話をお持ちの方は是非ご確認下さい!

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Twitter もやっています。アカウントは、2ndharvestjapanです。英語版 (2HJ_en) もごらんいただけます。是非どうぞ。

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2010.06.01

アメリカフードバンク事情  第三回

フードバンクの創始者 ジョン・バン・ヘンゲル

フードバンクは誰がどうやって始めたの?

今回は、フードバンクの本場アメリカでフードバンクという活動がどうやって始まったかを紹介したいと思います。

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フードバンクの創始者 ジョン・バン・ヘンゲル(写真提供:St. Mary’s Food Bank Alliance)


アメリカ初、世界初のフードバンクは、アリゾナ州のジョン・バン・ヘンゲルさんが1967年に始めました。地元のスーパーで毎日、大量に食品が捨てられていることを知ったジョンさんは、スーパーの店長とかけ合い、捨てる予定の食品を自分が関わっていたスープキッチン(ホームレスの人たちへの炊き出し)で使うためにもらい受けることに成功しました。すぐに、炊き出しで使い切れないほどの食品が寄付されるようになり、ジョンさんはそこから食品を「銀行」のように貯めておくシステムを作ろうというアイディアを思いつきます。それが世界で最初のフードバンクの誕生です。このフードバンクは現在も、セント・メアリーズ・フードバンク・アライアンスとしてアリゾナ州の貧困層に食品を提供しています。


ジョンさんがフードバンクを始めて10年ほどすると、全米各地で同じような活動を始める団体が増えてきました。ジョンさんは、フードバンクの活動を指導するコンサルタントになります。そして、フードバンクはアメリカ全土に広まり、現在は200以上のフードバンクがアメリカ国内にあります。こうした200以上のフードバンクを統括する組織として、1976年にアメリカズ・セカンド・ハーベストという団体が組織されました。この団体は現在フィーディング・アメリカ(“アメリカの空腹を満たす”という意味)と呼ばれています。


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セカンド・ハーベストのミッションを説明するジョン(写真提供:St. Mary’s Food Bank Alliance)


さらに、ジョンさんはカナダやヨーロッパでのフードバンク活動の指導をするようになり、やがて国際フードバンクサービス会社 (International Food Banking Services, Inc.,) を1986年に設立します。この会社は2006年に、グローバル・フードバンキング・ネットワーク(Global Foodbanking Network、GFN)に名称を変更します。


グローバル・フードバンキング・ネットワークは、南米やアフリカなど現在世界18カ国で活動を展開し、各国でのフードバンク活動を支援しています。私たちセカンドハーベスト・ジャパンも日本代表のメンバーです。¹


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2HJ理事長チャールズ・マクジルトンが、ジョンと一緒のところ(2003年9月にハリウッドでのアメリカズ・セカンド・ハーベスト年次総会にて)


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ジョンのメッセージ(下記)がボードに記されています(写真提供:St. Mary’s Food Bank Alliance)


ジョンさんは、2005年に永眠されていますが、彼の“(将来においても)私たちの間に貧しい人は存在するだろう。でも、彼らがお腹を空かせている必要はないだろう?”(“The poor we will always have among us, but why the hungry?”) というスピリットは、ここ日本でもセカンドハーベスト・ジャパンを通して、生きています。


ご意見・ご感想をお寄せください。.(JavaScript must be enabled to view this email address) にメールを送ってください。また、2HJの最新情報についてTwitterの2HJのアカウント(@2ndharvestjapan)もチェックしてください。


参考
記事内の引用やデータは、特定されている箇所を除き、St. Mary’s Food Bank Allianceのこちらのページからです。
¹ グローバル・フードバンキング・ネットワークのウェブサイトより


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2010.05.26

新ボランティア・コーディネーター、アシュマン祥子さんのご紹介

2010年5月から、新しくボランティア・コーディネーターとして、アシュマン祥子(さちこ)さんを迎えました。ボランティアの皆さんとご一緒することが多くなると思いますので、簡単にですが彼女をインタビュー形式でご紹介します。

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「みんなが、のびのびと楽しんで活動できる雰囲気を」と語るアシュマン祥子さん。


Q: 何がきっかけで2HJのことを知りましたか?

何かの折に、アメリカでのフードバンクの活動を知り、YouTubeで各地域ごとの実際の活動の動画を観ていた時に、2HJのスポット動画が目に入りました。特別、奇抜な映像ではないのに、私にはものすごいインパクトで、見た後ですぐに2HJのホームページに飛びました。「日本でもフードバンクという活動に情熱を持ち取り組んでいる団体がある」と一気に隅から隅まで読んだ後、時々覗いては活動状況などを読んでいるうちに、徐々に自分の中で「ボランティアとして2HJの活動に参加してみたい」という想いが強くなりました。それが3年ほど前の話です。


Q: どうして2HJの活動に興味をもったのか教えていただけますか?

様々な活動内容に共感した事ももちろんそうですが、それ以前に、『2HJ のフィロソフィーと活動は本物』と感じたからでしょうか。携わる人達の熱意とか、ハートの温かさとか、目指している方向へ突き進んでいこうとするエネルギーの強さとか、ゆるぎない信念等が距離も時間も越え、なぜかロンドンに居た私にはっきりと感じて取れ、同志に遭遇したかの様な感覚でした。


Q: ボランティア・コーディネーターになって、こうしたことをしていきたい、といった抱負のようなものがあれば是非。

これまでのボランティア・コーディネーターの方々とチャールズさんやスタッフの皆さんが時間をかけて作られてきた、みんな(ボランティアの方々も、スタッフも)がのびのびと楽しんで活動できる雰囲気を失くさないように努力していきたいと思います。また2HJが拠点を持つ地元への感謝を込めて、地域全体が元気になるような新たな活動を提案し、実行に移す事が自分の中での当面の大きな目標です。小さな目標としては、毎週金曜・土曜の活動時に大量に出る野菜くずなどを堆肥にするプロジェクトを考えています。


アシュマンさんは、今年2HJでボランティア・コーディネーターになる以前はイギリスに住んでいました。国際感覚を武器にがんばってもらえることと思います。ボランティアの皆さまには、これからも変わらぬ温かいご支援をどうぞよろしくお願いいたします。


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クライアントからの声 - No.1: 外国人支援団体APFS


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