2006.12.29
理事紹介:柴田耕作さん
「必要とされればどこへでも相手の笑顔を思い、届ける」
食料を提供してくれる企業と、その食料を必要としている人々。両者をつなぐ大切な役割を担っているのが、セカンドハーベストジャパン(以下2HJ)のドライバー、柴田耕作さんです。
週三回、千葉県市川市の自宅から、ミニバンで一時間余りかけて幕張にあるスーパーマーケット「コストコホールセール」へ。まだ十分食べられるのに、在庫が余っていたり、ラベルに印刷ミスがあるなどして廃棄されていた食料を、無料で提供してもらいます。
野菜や果物、パンにお菓子……。多い日は五百キロにも上る食品を黙々と車に積み、東京・浅草橋にある2HJの倉庫へ。さらに教会や児童施設、老人ホーム、さまざまな理由で生活に困っている人たちへ配達します。
「必要とされれば、どこでも行きます」と柴田さん。2HJが訪れた団体の数は、四年間で百カ所以上になりました。
「豊かと言われているこの国で、その日の食事に本当に困っている人がたくさんいることに驚きます。この食料が頼り、という人たちが多いので、どんなことがあっても休むわけにはいきません」
最も切実なのは、日本で難民認定を申請中の人々。ギリギリの生活を余儀なくされている十二家族に、毎週段ボール箱に二十キロほどの食料を詰めて宅配便で送っています。
「あそこの家族にはどんな食品が喜ばれるだろう」「この果物はあの人の好物だな」などと、いつも相手の笑顔を思い浮かべるそうです。
名古屋で暮らしていた十年前、柴田さんはマザー・テレサの修道院で炊き出しを手伝っていました。まだ食べられる食品が、スーパーやコンビニから毎日大量に廃棄処分されている「もったいなさ」。それを生かして何百人分もの食事を作ることができました。
四年前、東京で知人のチャールズ・マクジルトンさんから2HJを設立する話を聞き、「それは大事。がんばれ、がんばれ」と激励。当時、日本の運転免許証を持っていなかったチャールズさんの代わりに食料を運ぶ手助けをして以来、いつの間にかドライバーとして欠かせない存在になってしまったのです。
ふだんの柴田さんは短時間職員として、毎日午後六時から十時まで郵便局で働いています。2HJの活動は昼間のあいた時間に。車のガソリン代や宅配便代は会から支払われますが、あとは全くのボランティアです。「自分ができることをしているだけです」と、さらりと話しますが、最初の二年ぐらいは体力的にも精神的にもきつかったそうです。
「でも、一つ峠を越えると習慣になって、そういうからだになるものなんですね。今では、今日はどんな食料が出てくるかなあ、やっほぉー、こんなのが出たぁ、って。おもしろいから続けられているんです」

柴田夫妻は2HJの創設時から活動に取り組んでいる
愛車を買い換えるとき「会の活動に役立てたい」とミニバンを選んだのは、妻の精精(せいせい)さん。名古屋時代、そして2HJ設立当初から共に活動を続ける「最高の仲間」です。
「たくさんの人に出会い、いろいろな話を聞かせてもらいました。難民の方たちの話などは悲惨な内容が多くて悲しくもなるのですが、貧しくても家族が愛し合い、助け合っている姿を見たり、歌や踊りで大歓迎してもらったり……。むしろこちらの心が豊かになる気がします」と二人は口をそろえます。
最後に今後の2HJについて、柴田さんは「あまり急激に大きくさせない方がいい」と考えています。
「食料を扱うので、ボランティアにはデリケートな感性が必要。ただ送るのではなく、もらってくれる人との関係をゆっくり、着実に築いていく過程を大事にしたいです」
文章/写真:大原悦子
Link to News story »2006.12.22
運転手募集中:詳細はこちら
これまでの人生から学んだことが1つあります。それは、何事も起こるには理由があるということです。しかも、全く予期していないときに限って何かが起こるものです。
2006年の正月休みが明けて間もないころ東京ユニオン教会を訪れていた私は、礼拝後に地下室で開かれた分かち合いの会でチャールズ・マクジルトンとたまたま居合わせました。ちょうどフルタイムの仕事を辞めたばかりでした。伝統的な日本企業に勤めることに飽きていたのです。その数か月前には教会の結婚許可書に署名しており、結婚式の準備や自分の将来についての見直しで、精神的に疲れていました。さらに、奨学金に応募する準備も始めたばかりでした。愛する妻を連れて日本を出て勉強を続けたいと思っていたのです。そうです、その頃の私は新しい自分に脱皮する過程にあったと言っても過言ではないでしょう(笑)。何もかもが「宙に浮いたまま」の状態でした。1つだけ確かだったのは、何かの一員になって何か目的を持たなければならないと感じていたことです。つまり、それまでの生き方を変えて新しい自分になりたいと真剣に思っていました。そうすれば、10数年に及ぶ満ち足りた日本滞在の最後になるだろう残りの数か月間をもっとも有意義に過ごせるだろうと考えていたのです。日本に何か恩返しをするべきときだったのです。なぜそう思うかと言うと、今振り返ってみて、あの日チャールズと会ったのは単なる偶然ではなく、神様のお導きによる必然だったからです。
チャールズと2人で中華料理を食べながら2HJについての話しを聞きました。場所は、秋葉原駅と浅草橋駅の中間に位置する2HJの倉庫と事務所から通りを1つ隔てたところにある中華料理店です。2HJの仕事に真摯に取り組み、また、2HJの使命について真剣に考えていることがチャールズと話していて伝わってきました。気がついたら、「日本にいる残りの期間、運転手としてボランティアさせてください」と言っていました。そう言ってよかったと思っています。
セカンド・ハーベスト・ジャパンの活動範囲は止むことなく拡大し続けています。そして、日本における非営利のフード・バンクとしてその名が知られるようになってきています。今では私はその一員です。
それからの数か月間は平均して週に1度ボランティアをしています。朝、地下鉄に乗って2HJの倉庫まで行き、そこから2HJの車を船橋市まで運転し、冷凍食品の巨大企業であるニチレイの倉庫に車を止めます。そこでは、霜で覆われた、いろいろな形や大きさの段ボール箱に入った冷凍野菜数百キロから1トン分を車に積み込みます。それが終わると今度は、幕張にあるコストコへ向かいます。パンや果物や野菜などが入ったケースが山のように積まれ、私の到着を待っているのです。量がいつもより多いため、全部を車に積み込むのに頭を使わなければならない場合は、箱やケースの向きを変えたり、一度積んだ荷物の場所を変えたりしながら作業します。まるでテトリスをしているようだ、と別のボランティアに冗談で言ったことがあります。積荷作業が無事終わると、2HJの倉庫へ戻ります。運んできた食料はそこで仕分けされ、食料を必要としている難民やホームレスや孤児それにシェルターへ送られます。食料を初めて運んだ日から今まで、ボランティアとして働いていると感じたことは一度もありません。今では運転手としてだけでなく、週末にもボランティアとして参加していて言えることは、2HJには人を惹きつける力があるということ、それに、2HJは貴い目的を持って活動しているということです。ボランティアには笑顔があふれ、雰囲気は家族的です。毎回それまでとは何か違ったことがあるので、退屈することがありません。皆さんの中に、自由にできる時間と運転免許証をお持ちで、困っている人のために自分のことを勇気を持って少しだけ犠牲にしようという方はいませんか。そのような方はぜひ2HJに連絡してみてください。やりがいのある仕事の一翼を一緒に担いましょう。
文章:デイビッド・アダムズ
写真:カリン・スモリンスキー
2006.12.21
ニュー スキン ジャパンからの支援金により食料援助プログラムを拡充
全文はこちら。 要約文は以下。
2006 年12 月20 日 東京 – セカンドハーベスト ジャパン(東京都台東区、理事長:チャールズ・マクジルトン、以下「セカンドハーベスト」)は、ニュー スキン ジャパン 株式会社(東京都新宿区、代表取締役社長:ロバート S. コンリー、以下「ニュー スキン ジャパン」)の「Force for Good(フォース フォー グッド)基金」より、毎月150 万円(年間1,800 万円)の支援金を受領することとなりましたのでお知らせします。セカンドハーベストは、この支援金を活用することにより、当団体が日本国内で食の支援を必要とする人々を対象に実施している、食料援助プログラムを拡充し、活動をさらに活発化させていく予定です。
また、ニュー スキン ジャパンからの支援金の受領にあたり、セカンドハーベスト理事長のチャールズ・マクジルトンは、次のように述べています。「セカンドハーベストの活動をご理解いただき、ニュー スキン ジャパンからの継続的なご支援をいただけることに心から感謝しております。日本国内で多くの人々が毎日の食事に事欠く生活を送る一方、大量の食品が品質や安全性にまったく問題が無いにも関わらず、廃棄されているという現実があります。セカンドハーベストは、今回の支援金を有効に活用し、支援を必要とするより多くの人々のニーズに応えられるよう、必要となる組織基盤やリソースの整備、食料援助プログラムのさらなる充実を行ってまいります」。
<本件に関する問い合わせ先>
ギャビン・アンダーソン&カンパニー
担当:大倉、梅原
Tel. 03-5404-0640(代表)
2006.12.16
セカンドハーベストジャパンに食料を提供して3年 ハインツ日本
2003年の夏。ハインツ日本(本社・東京都台東区)の取締役ポール・モリさんは帰宅途中、路上に止まった一台のバンに「Food Bank Japan」の文字を見つけました。家に戻るやインターネットでそのホームページを探し出し、旧Food Bank Japan、現セカンドハーベストジャパンの代表チャールズ・マクジルトンとコンタクトをとったのです。
「私の出身国、米国では、大手の食品会社がフードバンクの活動にかかわるのは当たり前のことでした。日本にはなぜこのような活動がないのだろう、と不思議に思っていたところ、偶然団体のバンが目に入ったのです」とモリさん。早速、会社の経営陣にかけあい、食料を寄付することを決めました。
ケチャップやデミグラスソースで知られる食品会社、ハインツ日本は以来、缶詰やレトルト、冷凍食品など、月平均約350キロの自社製品をセカンドハーベストジャパンに提供しています。
「例えば、賞味期限が規定の日数以上残っていないと流通サイドに受け入れてもらえないため、まだ十分食べられる製品でも廃棄しなければなりません。おいしく食べてもらいたい、と作った製品が無惨に捨てられるのは、食品会社の社員にとっては何よりもつらいことでした」と同社のセルジオ・ソーサ社長は言います。それまで無駄に捨てられていた食料が、必要としている人たちの役に立つ。しかも、企業の側も貯蔵・廃棄などにかかるコストを削減できるのですから「みんながハッピーになる活動だと思います」。
アフリカ各地での勤務も長かったソーサ社長は、食料や飢えの問題には人一倍敏感です。先日、自らセカンドハーベストジャパンのボランティアも体験し、児童養護施設の子どもたちに野菜やジュースなどを届けました。将来的には同社の社員がみな、月に1回はボランティアとして活動に参加できるよう、態勢を整えたいそうです。
同社提供
「私の出身国ポルトガルでも米国同様、フードバンクの活動はとても盛んです。税制や社会システムもボランティア団体の活動をバックアップし、その結果22万人に365日、毎日2食の食事が提供されています」とソーサ社長。「この点では、ポルトガルは日本よりかなり進んでいます。外国で災害が起きると、すぐ援助の手を差しのべる日本なのに、自国内の貧しい人たちの問題は見えにくいのではないでしょうか」
セカンドハーベストジャパンとの偶然の出合いから3年。一人の行動が企業を動かし、その貢献によって何万という人々が空腹から救われることを、ハインツ日本は示してくれています。
文章:大原悦子
Link to News story »2006.11.13
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2HJから¥1000(小)または¥1500(大)で購入できます。また、ソニープラザ、オートバックスの店舗でもお求めになれます!
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