2006.10.20
ハーベスト フォー ハンガー2006に170人の方にご来場いただきました
三回目になるハーベスト フォー ハンガー イベントが、10月15日表参道のフジママスにて行われました。最高記録の170人の方にご来場いただき、東京や近郊エリアにお住まいで、貧困問題に関心を持っていただいている多くの方がたにお話することができ、イベントは正真正銘の成功となりました。セカンド ハーベスト ジャパンのミッションについての認識を高めるという目標の下、理事長チャールズ・マクジルトンがスピーチを行いました。またディナーと平行して、インフォメーション テーブルをレストラン内に設けフードバンク活動やボランティアの機会などについてゲストの方がたに学んでいただきました。
2階の3つのテーブルでは、フードバンク活動のさまざまな課題についてお話しました。柴田精々の方からは、夫 耕作とともにフードバンクのコンセプトや活動を日本で広げていくためにこれまでしてきたことについてお話しました(柴田夫妻はセカンド ハーベスト ジャパン創設期からのメンバーです)。事務局長 和田裕介からは米国のフードバンクで過ごした経験や米国で学んだことを日本の実践にどう活かしていくかということについてお話しました。ミッシェル ライアンからは、ハーベスト パントリーのコーディネーターとして緊急食料を毎週送っている80もの家庭や個人についてお話しました。パントリーは、ここ以外では日本に存在しないサービスを提供するとともに、セカンド ハーベスト ジャパンのセクターの1つとして最も急速に成長しています。1階のテーブルでは、来場者にボランティアのための情報を受け取るための登録をしていただきました。ボランティア コーディネーターのパトリシア デッカーがボランティア活動についてお話をしたり、皆さまの質問に答えたりしました。
ご来場いただいた皆さまには、東京において充分なサービスを受けられないでいる人たちについてより強く意識していただき、無駄に廃棄されていたかもしれない食料品を収集し、最も必要とする人たちに再配分するというセカンド ハーベスト ジャパンの目的についてより詳しく知っていただけたと思います。ハーベスト フォー ハンガーにご来場いただきました皆さまには、心から感謝申し上げます。また、この日にサポートしてくださったフジママスさまにも感謝を申し上げます。また、チケットの販売を行ったプランニング コミッティー、イベントの手伝いをしてくださったボランティアの皆さま(ガスキン夫妻、テリー スコット、柴田雅彦、リア ミッチェル、アンナ マリア デュー、アシュリー ラドシル他)、ありがとうございました。力を合わせることで、貧困を過去のものとする偉業を達成することができるのです。
文章:アシュリー・ラドシル
写真:ダニエル・ペレズ
2006.10.08
土曜日の上野公園の配給 ~温かい心=真心で、温かい食べ物をお届けして
毎週土曜日、上野公園での配給のお手伝いを始めて、半年以上が経ちました。初めて参加したのは去年の秋。日系人の会で役員を務めているアメリカ人の友人がボランティア・イベントを企画し、一緒に参加したのがきっかけです。
2HJの土曜日の配給にはさまざまな特徴があります。1つ目に、実際に体を動かした作業であることです。私は仕事場でパソコンの前に1日中座ってばかりいるので、週末ぐらいは体を動かすことをしたいと思っています。
土曜日の配給では、通常10時半に倉庫で準備が始まり、ボランティアはパン、野菜、お米などの複数のチームに分かれます。そして、パンを切ったり、野菜を茹でたり、スープやリゾットを作る作業を12時まで行います。上野公園には12時半ごろ到着し、食べ物がなくなる14時ぐらいまで、約450名の人に食べ物を配ります。そしてボランティア全員で簡単なミーティングをした後、その一部は再び倉庫に戻って片付けをします。大きな鍋を洗ったり、倉庫の前を掃除したりして、全ての作業が終わるのは16時ごろです。このように、1日中、休む間もなく動き回ります!
土曜日の配給の第2の特徴は、食糧を受け取る側の皆さんから直接フィードバックを得られることです。上野公園で食糧の配給をする際、「ありがとう」という言葉を何度も耳にします。自分がしたことに対して感謝をしていただけるのは、本当に嬉しい限りです。
しかし、土曜日の配給で最も特徴的なのは、ボランティアの皆さんの多彩なバックグラウンドです。土曜日の配給を手伝ってくれるボランティアの7割以上が外国人です。インターナショナル・スクールに通う学生さんもいれば、外資系企業で働いていたり、また英語の先生をしている人もいます。また、残りの日本人のボランティアもなんらかの国際的な経験をお持ちの方が多いです。実際、私も6-7年間アメリカに住んでいたことがあり、現在外資系企業に勤めています。
もっとも、ボランティアの中には100%日本人の方もいます。特に、定年退職をなさった「おじさん」達は、英語はほとんど話せません。しかし「おやじギャグ」を用いた抜群のユーモアで、他のボランティアたちと仲良く交流しています。そんな彼らに私は「さよちゃん」と呼ばれています。
こうした人々の温かさこそが2HJの原動力になっている、といっても過言ではありません。私達は支援を必要としている人達に、温かい食べ物と一緒に、温かい心=真心もお届けしています。国籍や話す言葉のいかんを問わず、私達のミッションである「全ての人々に食べ物を」に賛同し、真心を持ったより多くの方々がこの土曜日の配給に参加してくれることを願っています。
文章:田中佐陽子
写真:パトリシア・デッカー
クローズアップ-2HJとJARの協力により日本にいる難民が食料を受け取って
セカンド ハーベスト ジャパン(2HJ)は、大きな組織ネットワークを通して、強く必要とされる食べ物を必要としている人びとへ届けています。孤児院や老人施設、そしてホームレスの人びとに食べ物が届けられるのはよく聞きますが、他の国々から日本へ難民としてやってくる人びとのことはあまり知られていません。彼らとその家族は、日本難民支援協会(JAR)を通じ2HJから緊急に必要な食料を受け取っています。
そこで2HJ事務局長の和田裕介が、難民はどのような人たちで、なぜ私たちの助けを必要とし、さらに、私たちがどのように彼らを助けることができるかを知るために、JARの増山聖子さんにお話しを伺いました。国連難民の地位に関する条約(難民条約)において難民とされる人びとは、政治、人種、宗教などの違いによって自国で迫害を受けてきた人たちです。ソーシャル ワーカーである増山さんによると、このような理由で日本に逃れてきた難民の大多数が30-40代の男性で、その多くは自国では指導者であった人たちだそうです。例にあげると、「民主化運動にかかわっていたビルマ人や、イスラム教からキリスト教へ改宗したイラン人」などがいると増山さんは言います。女性や家族の難民も増加していますが、自国から逃れる必要があるような彼らの状況では、しばしば家族を後に残し脱出するほかにすべがありません。
法的な理由や精神的トラウマのために働くことが出来ず、日本に住む平均的な難民の一ヶ月あたり10万円で生活をしています。健康保険もなく、支援してくれる人脈もほとんどありません。「政治的または宗教的な理由で自国を逃れてきているので、難民たちの中には、同じ国から来た人たちにも会うこともできない」人たちがいるとのことです。この孤立に重なり、飢えはこの様な人たちにはさらに深刻な問題です。彼らがまず必要なものは、米、肉、野菜、油といったものです。セカンドハーベストジャパンでは、長期保存ができるもの(肉や野菜は缶詰であること)に限り、これらの食料の寄付を受け付けています。
2HJは、JARをとおして問い合わせのあった難民に対して、受取り人の家に2HJボランティアが直接届けるホーム バウンド配達と、小包を宅配便で送る2つの方法で食料を届けます。ホーム bバウンド配達のボランティアをしたい方がいれば、歓迎します。また、宅配サービスはコスト面でも非常に効率がよいため、この活動を拡大する予定です。2000円の募金で、次の食事がどうなるかわからないでいる4家族の食卓に必要な食べ物を届けることが出来ます。
文章:パトリシア・デッカー / 和田裕介
写真:JAR
2006.08.11
アメリカのフード バンクにおける経験から学んだこと
二週間の米国への旅において、私はシカゴにあるアメリカズ セカンド ハーベストと北イリノイ州フード バンク、そしてミネソタ州セントポールにあるセカンド ハーベスト ハートランドを訪ねました。「これが非営利団体?」という第一印象を抱かせるほど、各団体はまさに大企業のような素晴らしいオフィスと効率的な組織構成を持っており、活動規模も巨大でした。たとえば、セカンド ハーベスト ハートランドは2005年度において約14,000トンもの食料を様々な機関や個人に配布しています。セカンド ハーベスト ジャパンは一方、食料を必要とする人々に同年約170トンを配布したのみです。
大規模な活動のため、アメリカのフード バンクは可能な限り高い専門性と効率性を追求する必要があります。そのため、高度に洗練された組織が必要となっているのです。アメリカのフード バンクについて知れば知るほど、私は彼らと日本とのギャップを埋めることなどできないのではないのではないかという不安に陥りました。しかし、現地の大勢の人から「だれかがどこかから始めなければいけないのさ」という言葉をもらい、私は非常に勇気付けられました。
活動の規模に加え、彼らのプロフェッショナルな姿勢にも私は非常に感銘を受けました。アメリカズ セカンド ハーベストは、全米フード バンクのネットワークをまとめる役割を担っており、数多くの部署があります。たとえば公共政策部門のある女性はワシントンDCでのロビー活動について熱弁を振るってくれました。エージェンシー リレーション部門のある女性は、エージェンシー同意書の作成やメンバー フード バンクのコンプライアンス保持のために、いかに多くの時間とエネルギーを費やしているかを説明してくれました。そして、彼女の部門では、たった6人で全米をカバーし、全てのフード バンクを訪問していました。その他にも今回様々なフード バンクを訪れ多くの人々に会いましたが、全員が本物のプロフェッショナルでした。彼らは自分たちの行っていることを誇りに思い、「飢餓を終わらせる」という同じ目標を心に抱いていました。
私は、自分が目にしたことに大変興奮し触発されました。そして、われわれセカンド ハーベストジャパンが今後すべきこととして以下の事項が重用だと考えます。
-規模の拡大
-食品の安全性の向上
-食品提供者との関係強化
-食品配布機関との関係強化
-個人の寄付者の開拓
-受給者がより簡単に食品を受け取れるようにすること
アメリカズ セカンド ハーベストで出会ったある2人は、アメリカズ セカンドハーベストを離れ、最近創設されたグローバル フード バンク ネットワークと呼ばれる国際的なネットワーク機関で彼らの持つ熱意と専門性を活かすという決断をしました。この機関では、アルゼンチン、ガーナ、メキシコ、南アフリカ共和国といった諸外国におけるネットワーク作りの促進を行います。このネットワークに参加するには、国内ネットワークが構築され、国のフード バンク代表が選出されている必要があります。近い将来、このネットワークに日本が参加できることを願っています。
文章/写真:和田裕介
2HJの新事務局長和田 裕介さんをインタビュー
セカンド ハーベスト ジャパンはNPOとして四周年を迎え、新たに和田裕介さんが2HJの有給スタッフになりました。2年以上2HJに関わってこられた和田さんに、今までのボランティアとしての経験と、スタッフとしての今後の抱負を聞きました。
2HJの活動を始めたきっかけは?
―友人の紹介で2004年1月頃から始めました。もともと慈善事業に興味があり、大学時代も四年間子供たちと遊ぶボランティアをしていました。教会の慈善事業と違い、クリスチャンだから事業を行うというのではなく、いいことだから行うという2HJの姿勢に共感し、ボランティアを続けてきました。土曜休みの仕事をしていたので運良く土曜日の配給活動には毎回携わることが出来、ドライバーや配給サポートのボランティアとして参加してきました。2HJのボランティア活動をするようになって、「本当に困っている人がいるのだ」と始めて実感するようになりました。これまで翻訳の仕事をしたり、法律の勉強をしたりと様々な仕事を経験してきましたが、営利企業にどこか無機質さを感じていました。今は、2HJの活動を通して喜びを感じています。
正規スタッフとして今後はどのようなことに取り組んでいきますか?
―国内の企業や、他の団体との連絡や事務的なことをしています。事務所では、平日ボランティアのコーディネイトや電話・メールでの交渉、チャールズと打ち合わせに忙しい私を目にすると思います。もしくはドライバーとして食料の配達に出払っていて、事務所にいないこともあるかもしれません。
2HJが組織として円滑に活動できるよう、インフラ整備をしていくつもりです。理想としては有給スタッフを増やし、ドライバーやパートタイマーを採用して、チャールズが自分の仕事に専念できるように手助けしていきたいです。
他のボランティアやスタッフへメッセージをお願いします。
―チャールズは私たちスタッフやボランティアの提言を「いいね」と積極的に取り上げてくれます。2HJでは、普通の仕事や学生生活では経験できないことが経験出来ます。そういうチャンスを与えてくれる場でもあるので、楽しんで活動して欲しいですね。
前の職場では「ワディ」と呼ばれていた和田裕介さん。2HJでは”YUSUKE”と呼ばれています。4月16日から2週間、アメリカのセカンドハーベストを知るため研修に行かれました。
文章:田中恵子
写真:カリン・スモリンスキー
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